あたかもうそつきなるかの如く

「…一般史学者のこれに対する態度が、なほ過當に冷淡であつて、所謂齋東野人の語を以て視るばかりか、時としては単純なる地方人を、あたかもうそつきなるかの如く取扱ふが故に、彼等がいよいよ其確信に固執するの結果となり、彼等と共に静かに傳説の歴史としての価値を、考へて見ることの難きは勿論、寧ろ折々は政治の力によつて、國民史の記述を改訂させようとする運動を、喚起することにもなるのである。」
柳田國男「史料としての傳説」『妖怪談義』『定本柳田國男集第四巻』筑摩書房 s38 p.189

何かしまいたくなる。ザッハーSACHER コレクションボックス