二葉亭四迷

「まづ弁解すべきは私の文学嫌ひといふ事で、


嫌ひだと言ひ、遊戯分子があるからといふ様な事が、


実は少し違つてゐるので…。


これは元来私にも何と言つて可いか分からぬので、


今まで種々言つてゐたのは実は自分から好い加減に解釈して、


つまり自分から欺いて居つたのです。


けれども其れには或事実があるので、今は一切解釈抜きにして、


其事実だけ申して弁解にしようと思ふのです。


どうも私は文学では−と言つても文学と言ふ事が


私の解釈は少し違ふので、どうも元来文学といふものがよく分らない。


で、自分一個の考へで文学を定めて見る。


それは皆様の文学の意味と必ず違ひませう。


で、私一個の解釈してゐる文学について言ふのですが、


その文学は私には何うも詰らない、価値が乏しい。


で、筆を採つて紙に臨んでゐる時には、何だか身体に隙があつて不可。


遊びがあつて不可。どうも恁う決闘眼になつて、


死身になつて、一生懸命に夢中になる事が出来ない。


これに就いては久しい間苦しんだものですが」


二葉亭四迷(晩年ペテルスブルクに発つ前の送別会席上の答辞)

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