伝統の美学なるものからあざむかれ、敗戦によって一挙にほうりだされた

「わたしはかつて戦争期に、天皇(制)から、神話から、伝統の美学なるものからあざむかれ、敗戦によって一挙にほうりだされた体験をもった。しかし、このあざむかれかたには一定の根拠がなかったわけではない。その根拠のひとつは、天皇(制)が共同祭儀の司祭としての権威をつうじて、間接的に政治的国家を統御することを本質的な方法とし、けっして直接的に政治的国家の統御にのりださなかったことの意味を巧くとらえることができなかったことである。またべつの根拠は、天皇(制)の成立以前の政治的な統治形態が、歴史的に実在した時期があったことをみぬけなかったことである。」

吉本隆明
天皇および天皇制について」1969.10
「戦後日本思想体系5国家の思想」筑摩書房に掲載
「詩的乾坤」1974.9.10国文社に収録