低俗であつても、結果に於て最も低俗ならざる深さ高さ大いさに達することができる

「蛇足ながら最後に一言つけ加へておくと、私は「真実らしさ」の「らしさ」に最も多くの期待をつなぐものであつて、それ自体として真実である世界は、それがすでに一つの停止であり終りであることからも、興味がもてない。「らしさ」はあらゆる可能であり、かつ又最も便宜的な世界である。芸術としては最も低俗な約束の世界であらうが、然しともかくここまでは芸術として許されうる世界であつて、従つて最も広く、暢達な歩みを運ぶこともできるのである。表面の形は低俗であつても、最も暢達の世界であるために、結果に於て最も低俗ならざる深さ高さ大いさに達することができるのだ。左様な考へから、今日の神経に許されうる最も便宜的な世界に於て、真実らしき文章の形式を考案したいと考へてゐるのである。」

「文章の一形式」坂口安吾
1935(昭和10)年9月1日発行
坂口安吾全集 01」筑摩書房 1999(平成11)年