私は何となく良心の苦痛に堪へられぬやうな氣がした。

「小説家ゾラはドレフュー事件について正義を叫んだ爲め國外に亡命したではないか。然しわたしは世の文學者と共に何も言はなかつた。私は何となく良心の苦痛に堪へられぬやうな氣がした。わたしは自ら文學者たる事について甚しき羞恥を感じた。以来わたしは自分の芸術の品位を江戸戯作者のなした程度まで引下げるに如くはないと思案した。」
永井荷風「花火」について