ゲーテとハイネとの物の見方・生き方の違い

ゲーテとハイネとの物の見方・生き方の違いは彼らの詩にも直に現れた。ゲーテは静かに高く、ハイネはどこまでも地上的でかつ神経的であった。そしてゲーテの偉大さは過去へ結びたがり、ハイネの痙攣する神経はうまくゆけば未来へつながった。…おそらくこれらのことは、ゲーテ個人とハイネ個人との違いだっただけでは決してなかつた。歴史と時代が非常な速度で走りつつあり、歴史的な大変化が生み月に近づきつつあって、胎児の動きが母の神経をつついていたと見ることができる。ハイネの神経質、痙攣、地上的な露骨な皮肉などは、それ自身としては高貴とはいえるものではない。しかし歴史はそこを通ってゆかねばならなかった。歴史そのものが、眼を光らしたり、歯がみをしたりしているものを主人公とする次の舞台へ廻りつつあったのだ。」

中野重治『ハイネ人生読本』1936