ただそれが道の延長であるといふ抽象的意味



 
「東洋の橋が、殊に貧弱な日本の橋も、ただそれが道の延長であるといふ抽象的意味でだけ救はれてゐる。羅馬人の橋はまことに殿堂を平面化した建築の延長であつた。思へば日本の古寺社の建築が今日のことばで建築で呼ぶさへ、僕は何かあはれまれるのである。日本の橋の自然と人工との関係を思ふとき、人工さへもほのかにし努めて自然の相たらしめようとした、そのへだてにあつた果無い反省と徒労な自虐の淡いゆきずりの代わりに、羅馬人の橋は遙かに雄大な人工のみに成立する精神である。」 
 
「日本の橋」
保田與重郎全集第四巻』講談社 p.10ー11