日本の伝統文化は、言ってしまったら何も残らないではないかという世界

「日本の伝統文化は、言語で表現できないことを非常に重視する。「余白の美」とか芭蕉の「いい得てなにかある」という世界、言ってしまったら何も残らないではないかという世界なのである。これはアナログ的な情報を尊重してきた文化である。このような文化の中での学習方式は、今日の学校のようなやり方とはまったく違う。内弟子を鳥、肌を接するようにして情報を伝えるのである。現在でも落語家などは伝統的な方法で弟子を育てている。師匠のところへ弟子が入門すると、落語を頭から暗記させるようなことはしない。江戸時代からの伝統であると思うが、新弟子は住み込みで、庭の掃除をやらされたり、走り使いをやらされたり、師匠の身の周りの世話ばかりやらされて、直接、面と向かって教わるチャンスはほとんどない。師匠がやっているのをそばで見て覚えるというのが唯一の学習である。落語に限らず、日本ではあらゆる分野の教育形式がこのスタイルをとっていた。」

品川嘉也
『脳と創造性の謎』大和書房 昭和60年 p.102-103