文は正なり、武は奇なり



 
「文は正なり、武は奇なり。 武の内にも兵事は猶ほ以て凶器末徳にまぎれあらざれども、已むを得ずしてこれを用ゆ。 之を用ふるにも正あり奇あり、内謀あり外佐あり。 五事七計の校は、正なり、内謀なり。 権詭の勢は、奇なり、外佐なり。 直に奇権を以て正なりと云ふべからず。 殺して生かし、抑えて揚げ、曲げて直にいたすの道なり。 故に詭にして正、其の中に在りは、父は子の為に隠し子は父の為に隠し、直、其の中に在りと云ふに同意なり、と。 予れ嘗て孫子句読を述ぶ、其の説に云ふ、 兵は詭詐を以て本と為さば、則ち何ぞ道を以て五事の第一と為さんや。 孫子、五事七計を以て内と為し、勢を以て外の佐けと為す。 自ら勢を註して曰く、利に因りて権を制すと。 又た、用間を以て篇末と為すと。 是れ権謀の先にす可からざるなり。 然らば則ち孫子の詭詐を以て道と為さざるは明らかなり。 而して曰ふ、兵は詭道なり、兵は凶器なり、天道之を悪む、已むを得ずして之を用ふと。 
故に権道を以て用と為すなり。権道は、常法に反して常法に同じきなり。 詭詐は、兵家の亦た好まざる所なり。 
然れども已むを得ざれば則ち詭詐を用ふ。 常法に反して常法に反せず、是れ兵の権道なり。 故に詭道は猶ほ権道と曰ふがごとし。 詭詐を以て道と為すは則ち大ひに誤まれり。 曹公已に以て詭詐を以て道と為す云々と為す。 
問対中に、太宗、五行陣を問ふ。 靖、亦た曰く、兵は詭道なり、故に強ひて五行と名づくと。 同下に太宗謂ふ、陰陽術数之を廃して可ならんかと。 靖、又た曰く、不可なり、兵は詭道なり、之を托するに陰陽術数を以てせば則ち貧を使ひ愚を使ふ、茲れ廃す可からざるなり」
 
山鹿素行 「孫子諺義」
 
無備は物質的、不意は人の心持ち、無備は空で不意は怠り、という解釈