成熟をするとは、一体どういうことか。

「成熟をするとは、一体どういうことか。


成熟するというのは、さまざまな経験を積んでいくことだ、と一先ずしておこう。


では、経験とはなんだろうか。


ドイツの哲学者へーゲルは、


経験を「自分の真実を失うこと」だと書いている。


自分の真実を失う、


つまりはこれが自分なんだ、自分はこういう人間であり、


そのように認識され規定を試みてみた人間として、


この世の中を見ているんだという、


自信というよりも、


自認と足場が崩壊し、


自己が自己として、


自分にたいしてもっていた信頼感なりあてにする気持ちが


雲散霧消してしまうこと、


それが経験なのだ。」

福田和也
『最も危険な名作案内』ワニブックス 2009 p.4-5