どうも酔ぱらふとだらしはありませんで まるで夢のやうな始末で

「「どうも酔ぱらふとだらしはありませんでね。何をどうしたんだか、今朝になつてみると、まるで夢のやうな始末で」と月並な嘘を云つてゐるが、実は踊つたのも、眠てしまつたのも、未にちやんと覚えてゐる。さうして、その記憶に残つてゐる自分と今日の自分と比較すると、どうしても同じ人間だとは思はれない。それなら、どつちの平吉がほんとうの平吉かと云ふと、之も彼には、判然とわからない。酔つてゐるのは一時で、しらふでゐるのは始終である。さうすると、しらふでゐる時の平吉の方が、ほんとうの平吉のやうに思はれるが、彼自身では妙にどつちと云ひ兼ねる。」
芥川龍之介「ひよつとこ」