訳詩は一般に信じられているよりも遥かに創作であり、

「すぐれた訳詩は一般に信じられているよりも遥かに創作であり、その詩的価値は殆ど訳者自身のものであると言っても過言ではない。大詩人によってその驚くべき可能性を現に明示されてはいるものの、凡庸な手中にあってはみすぼらしく、往々にして危険な要素−こういう要素を手渡された訳詩家は、全く新たな手段を探し索めねばならないのである。」
齋藤磯雄「果実と詩と」『ピモダン館』