如何に美しいものにも対抗することが出来る忍耐力といふこと

「英国人はかういふ春や夏があるから冬に堪へられるのでなしに、このやうな冬にも堪えへられる神経の持主なので春や夏の、我々ならば圧倒され兼ねない美しさが楽めるのである。何れの場合も、現実に堪へ抜く強靭な生活力がそこに働いてゐることに変りはなくて、例へば、ヴァレリイはテスト氏が如何に激しい快楽の享受に鍛へられて来たかといふことをテスト氏の生活態度に就て書いてゐるが、如何に美しいものにも対抗することが出来る忍耐力といふことが、英国人の国民性に認められる一つの特徴であると言へる。或るものを美しいと見るにも力がなければならず、それを美しいと見た上で更にそれを自分のものにするには、力が一層に必要なのである。」

吉田健一
「英国の文学」
吉田健一全集 第一巻 原書房 1968年