我等の内にある最も善なるものは、古い時代の感覚の遺伝

「Nietzscheに芸術の夕映という文がある 。人が老年になってから、若かった時の事を思って、記念日を祝をするように、芸術の最も深く感ぜられるのは、死の魔力がそれを篭絡してしまった時にある。南伊太利には一年に一度希臘の祭をする民がある。我等の内にある最も善なるものは、古い時代の感覚の遺伝であるかも知れぬ。日は既に没した。我等の生活の天は、最早見えなくなった日の余光に照らされているというのだ。芸術ばかりではない。宗教も道徳も何もかも同じ事である。」

森鴎外
追儺

森鴎外全集1」 ちくま文庫,p.153