夢のやうな物語を夢のやうに思ひ浮べて見た鴎外

「…書いて行く途中で、


想像が道草を食つて


迷子にならぬ位の程度に


筋が立つてゐると云ふだけで、


わたくしの辿つて行く糸には


人を縛る強さはない。


わたくしは伝説其物をも、


余り精しく探らずに、


夢のやうな物語を


夢のやうに思ひ浮べて見た。」

「歴史其儘と歴史離れ」



「歴史上の人物を取り扱つた作品は、小説だとか、小説でないとか云つて、友人間にも議論がある。」
「誰の小説とも違ふ。」
「小説には、事実を自由に取捨して、纏まりを附けたアトがある習であるに、あの類の作品にはそれがないからである。」
「なぜさうしたかと云ふと、其動機は簡単である。わたくしは史料を調べて見て、其中に窺はれる「自然」を尊重する念を発した。そしてそれを猥に変更するのが厭になつた。これが一つである。わたくしは又現存の人が自家の生活をありの儘に書くのを見て、現在がありの儘に書いて好いなら、過去も書いて好い筈だと思つた。これが二つである。」
「其中核は右に陳べた点にあると、わたくしは思ふ。」
「わたくしは歴史の「自然」を変更することを嫌つて、知らず識らず歴史に縛られた。わたくしは此縛の下に喘ぎ苦しんだ。そしてこれを脱せようと思つた。」
「わたくしが山椒大夫を書いた楽屋は、無遠慮にぶちまけて見れば、ざつとこんな物である。伝説が人買の事に関してゐるので、書いてゐるうちに奴隷解放問題なんぞに触れたのは、巳むことを得ない。兎に角わたくしは歴史離れがしたさに山椒大夫を書いたのだが、さて書き上げた所を見れば、なんだか歴史離れが足りないやうである。これはわたくしの正直な告白である。」