人はねぐらに急ぐときだが、おれには帰る家がない

「日が暮れかかる。


人はねぐらに急ぐときだが、


おれには帰る家がない。


おれは


家と家との間の狭い割目を


ゆっくり歩きつづける。


街じゅうこんなにたくさんの家が並んでいるのに、


おれの家が一軒もないのは


なぜだろう?……


と、


何万遍かの疑問を、


また繰返しながら。」

安部公房
『赤い繭』
冒頭書き出し