なるたけ早く鮮やかに獲物を仕止めたいといふ欲望

「評家は猟人に似てゐて、


なるたけ早く鮮やかに獲物を仕止めたい


といふ欲望にかられるものである。


ドストエフスキイも、


夥しい評家の群れに取巻かれ、


各種各様に仕止められた。


その多様さは、殆ど類例がない。


読んでみて、それぞれ興味もあり有益でもあつたが、


様々な解釈が累々と重なり合ふところ、


あたかも様々な色彩が重なり合ひ、


それぞれの色彩が、


互に他の色彩の余色となつて色を消し合ふが如く、


遂に一条の白色光線が現れ、


その中に原作が元のまゝの姿で


浮び上つて来る驚きをどう仕様もない。


(中略)


一条の白色光線のうちに身を横たへ、


あれこれの解釈を拒絶する事を、


何故一つの特権と感じてはいけないのだらうか。」

小林秀雄
「『罪と罰』について?」1948